ウィーン金貨ハーモニーをご購入いただくとケースをお渡ししています。
サイズに合わせて、ウレタン部分が丸く抜けるようになっているので、
1oz,1/2oz,1/4oz,1/10ozすべてのサイズに対応しています。
薄型で場所を取らずコンパクトに収納することが出来るのも魅力です。
また、ケース上部が持ちやすくなっているので、立てて収納しても取り出しやすくなっています。
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『カラット』という言葉には、石の重さと金の含有量と2つの意味合いを持つということ。
普段何気なく使っているため普通に受け入れていましたが、改めて見直すと沢山の気づきがありますね。
さて、ではなぜこのような単位にイナゴマメが使われたのでしょうか。
何故…となると、流石に遥かなる悠久の時を遡ることができない以上、推測の一つとなりますが…。
1つ1つの重さがそこまで極端に変わらない為、単純な天秤を用いて重さをはかるときに単位とされていたイナゴマメは、当時の流通の主要な都市のどこででも比較的簡単に手に入る植物で、人々の基準にしやすかったということがあるかもしれません。
1つあたり約0.2gのイナゴマメ。
それを当時の基準である24分率で測っていた…それがそのまま単位として現代までに至ると考えると壮大ですね。
また、丁度24個分の重さ、4.8gは指輪1つ分の重さに近いとも言われています。
最後に、金の品位(含有量)を表す英語表記は2つあり、英国ではCarat、米国ではKaratの表現で使われています。
日本においては…
日本語として偶然にも「金(Kin)」の頭文字と同じなのでKinの頭文字かと考えそうですが…そうではなく、米国式の頭文字を取り、Kを頭としたK24、K18等と金合金を表示し、同時に金の含有量を表示する方法が使われるようになったそうですよ。
◆併せて読みたい◆
前回のお話でダイヤモンドなどの宝石の重さを表す単位として『カラット』が利用されている経緯を書きましたが、『カラット』という言葉は石の重さを表すだけではありません。
金の品位(含有量)、即ち純度を表す単位としても『カラット』という単位が使われています。
その昔、イギリスの金細工師が金の合金を作る際、今までの説明でも何度も出てきた小さな角状の豆、「イナゴマメ」を使い、重量の『24個』を基準として作っていました。
ここで疑問となるのが24という数字。
何故24なんて中途半端な数字…と現代の私たちは考えると思いますが、金は貴金属として昔から愛されていた、その昔の単位は24分率が基準だったためです。
ということで24という数字をもとに、18金を作る場合には18個のイナゴマメの重量に相当する純金と、6個も重さに相当するほかの金属(銀、銅など)の重量を測りそれを溶かして合金を作っていたそうです。
そして、この作業が行われていたことに由来し、のちに金の品位(金含有量)を表す言葉として使われるようになったそうです。
つまり純金の事を24金(24カラット)と表現するのも同様、イナゴマメ24個分の純金=金以外の含有物がないということですね!
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世間では偶に、徳川埋蔵金など埋蔵金の話題が持ち上がりますが…
丁度16年前の今日。
富山県のとある工事現場で江戸時代末期の小判と明治時代初期の金貨が見つかるという事件がありました。
見つかったのは江戸後期の小判と、明治初期の金貨。
併せて1000枚以上。相当な数です。
この時に見つかった江戸後期の小判の方は状態が悪く数も多かったためにそれほど価値はなかったそうですが、明治初期の金貨は元々発行数自体が少なかったそうで、骨董品としてはかなり希少価値が高く、時価3000万円とも言われたそうです。
まさか小判が出てくるなんて、工事現場の人は勿論、誰も思ってなかったでしょうし、見つけたときは興奮しただろうなと想いを馳せると、なんだか夢のような話ですね。
因みにそれらの小判や金貨がその後どうなったかというと…
見つかった場所は以前民家のあったところではありましたが、既に国の管轄だったこともあり、発見当時の所有者は分からず、そのままであれば国庫に入ったはずだったそうですが…その後、元土地の所有者だった方が現れ、先祖の土地で蔵のあった場所だということが証明されたため、元の所有者の元へ渡されたそうです。
おとぎ話のようですが、現実にそんなことがあったのかと思うと面白いですね!